“青く澄んだイマジネーション”

愛情そそぐ、りゆうはいらない。

「星占いを気にしている。君の星座はまだ知らない。」

胸がまだいっぱい。

 

 

昨日、ライブに行ってきました。

複数のバンドを順番に見てゆくスタイルのライブをはじめて経験。

 

お目当てはソラミルコドモさん。

気になるのはあいくれさん。

 

それだけで、ひとつも知識がないまま、

背伸びをして入りました。

 

4組目のあいくれさん。

動画でほんの少しの事前予習があったものの、驚きの連続。

画面よりずっと可愛くて、ちいさくて、なのにパワフル。

初見から、あいくれをたとえるならば“仕掛け絵本”。

ときめきと毒。好みの組み合わせを見つけられて、物販で言いたいことはあるのにあるのに!

きれいなひとみに口を紡がれて何もいえなかった。

わたしにできたのは、CDとラバーバンドを受け取るときの「ありがとう」に心込めることだけ。うう。

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(でもうれしくてすぐリュックにつける) 

 

 

1組目はソラミルコドモさんでした。

にかってわらうのが、そこに涙が落ちるのが、わたしを泣かせてしまいそうだった。

いままでの葛藤をわたしは何も知りません。

でもその「ただいま!」へたどり着くまでの道がどれだけ長かったのだろう。安易に想像するだけで鼻の奥がいたい。

これからどうするのかな。ほんとうにやっていこうとおもっているの?

そうやってまた安易に考えていたわたしに、しゃがみこんでくれた。

 

ボーカルの野口奨平さん。

見上げる先で、わらって話して満たしてくれたの。

やっぱりわたしはこういう人が好きなんだー!っておもった。

貴方が言った通り頑張ろうともおもったし、安易な想像の前に応援しなければともおもった。わたしは、このバンドこの人を好きになったんだから。

 

 

“好き”をたくさん見つけられたとてもいい日でした。

大好き大好きって突っ走る時間がこの夏休みにできてよかったなあ。

ひとつひとつにおもい出して前を向ける存在が、増えたことにとてもうれしく感じています。

また突っ走りたいし、ぜったいまだ突っ走るつもり。

それが、すぐなのか、ずっと先なのか、分からないけれど、とりあえずかかとを下ろして。

なんなら120%くらい充電できたので、まずは頑張ることをがんばりたい。が、がんばる。

 

 

 

書いてゆくとだんだん、熱が放たれて眠気がやってきてくれた。

目覚めてごはんを食べたなら、なにかはじめてみよう。

まずはからだもおめめも休めなきゃ。

お疲れ様でした。

 

 

 

青い春。

どうして顔は、はっきりと見えなかったんだろう…。

 

きょう、夢に、大好きだった先生が出てきてくれました。

いつかの夢の続きでした。

 

中学2年生のとき。副担任の先生を好きだったんです。

やさしくて格好よいのっぽな先生。

こんなにも誰のことを好きになったのははじめてでした。

まばたきさえ愛おしくて、あくびがうつるのが何より幸せで。

 

9月頃、朝礼で「結婚します。」と言ったあの日も、

異動になるときいて、いちばんきれいに焼けたチョコパイを、いちばん大事に学校へ持ってきたけど渡せなかったバレンタインの日も。

いつもの紺色じゃなくてみどりのネクタイをしていた離任式の日も。

 

たーいせつな記憶なのに、よく泣くの。

夢のなかに現れたのはほんとうに貴方?

どうして顔は、はっきりと見えなかったんだろう…。

 

 

 

RADWIMPSの『春灯』をきいたときにね、

(ああ、わたしの片想いは可哀想じゃなかったんだ)ってちょっと泣いた。

 

「あいたい人がいるこの世界に きょうも目覚めるぼくはきっと しあわせですよ」

 

この曲の行き先は、わたしのもとではありません。

でもなんだかうれしかったの。

「お前のあいたい人がこの世にいるの。それはしあわせなことなんだからありがたくおもいなさい。」みたいな捉え方じゃなくて

 

洋次郎にもあいたい人がこの世のどこかにいるんだ

と安心した。

わたしは、ずっと不幸だとおもってたから。

好きな人に想いが届かない、届いてはいけない存在で、その人は結婚して異動になって、何も言えずできず、国語の成績も上がらず終わってしまった。

そんな自分は、なんてかわいそうなんだろうってずーっとおもってた。

 

でもこの曲をきいたとき、

もしかしたらわたしだけじゃないのでは?

片想いで報われない、おもい出しても苦しい恋は、ほんとうにわたしだけ?不幸なの?

 

ううん、きっとわたしはそうじゃないのよ。

しあわせだったとおもう。

たいせつな片想いだったとおもう。

この世界にいるんだからあえるチャンスは0じゃあないでしょう。

大きく深いこの傷が、いつかはわらいばなしになるのを、わたしは知っている。

 

貴方の子どもは今年でいくつになるんだっけ?

またあったときは、きっと目を合わせるからね。

 

 

 

ことばにできてよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果実のあか。

お盆のはじめは、祖母のお家で早起き。

 

いまは膝のわるい祖母にいすを買うため、おじさんの車で家具店へ。。

 

 

一昨日からお泊まりしているのですが、枕が合わず眠たいのに、

8時にしっかりと朝ごはんを食べてまたねむたくなり。

 

ほかほかごはん、

具だくさんお味噌汁、

しょっぱいたまご焼き、

ぴり辛漬けきゅうり。

 

久しぶりにこんな朝でした。

いつもは甘いパンとめだま焼き、ソーセージをかじるくらいの不健康メニューなので、

急に元気になった気がするなあ。

ごちそうさまでした。✳︎✳︎

 

 

 

8月6日ははじめての弓道大会でした。

8時15分にサイレンが鳴ったのにストレッチ中だったからか誰も黙祷しなくて、こころのなかで目を閉じたり。

段差につまづいて弓と一緒に倒れたらまた捻挫したり。

 

「頑張るぞー!」と拳をにぎれる状態ではなかったものの、まったく緊張しなくて良かった…。

でも中らなくて、やっぱりあたらなくて。

そこで先生が「あたるかどうかはおまけだからね」と言ってくれたとき、すうっと楽になりました。

 

「去年より時期もはやくて他の学校の1年生はあまり出ていない。

どこに飛んだって誰も気にしないし恥ずかしいなんておもうことないから、おもいっきりやって来い」

なんて先生のことばがわたしをにこにこさせたの。

 

先輩の何気ない「2年だってあたらないんだから」が重荷をとってくれたの。

 

“中る”にこだわり過ぎていた?って、

気付いたときにやっとあたりました。

超初心者が生意気なこと考えてたなあ。

なんて窮屈なことしか考えられなかったんだろう。

高校生の2年半で形にしようなんてそもそもばからしかったんだ。

わたしはたぶん、大人になっても弓道、続けるとおもう。

 

いまよりはずっと楽にわらえてるとおもう。

 

 

 

 

ケーキと風邪薬。..『花とアリス』

まだ整理がつかないのですが、

花とアリス』について記します。。

 

岩井俊二さんのお話は『PiCNiC』『スワロウテイル』『リリィシュシュのすべて』『リップヴァンウィンクルの花嫁』くらいしか見たことがないのですが、

どのお話に関しても、声をあげて泣いたり落ち込んだり、わたしのなかでなんだかたいせつな余韻を残してくれる特別さがあります。

だけれど、「ここがなければよかったのに」とおもうシーンが必ずあって、「今回はどうかな?」と『花とアリス』を借りてきました。

 

どうして、映画レビューサイトではあんなに高評価なのかよく分かりませんでした。

「ここがなければよかったのに」どころか、全体的になんと言ってよいのか分かりませんが、がっかりさせられました。

 

 

“先輩”を追いかけて、

同じ部活に入ったり、隠し撮りをしてみたり、「別れて」と言われてもみ合いになったり…

すこし前まで中学生だったわたしも、心のなかではこんな風に好きな人めがけて走り踊っていたなあ、とおもい出しました。

いまではほんとうにときめきがなくて、忘れていたような感覚が。

 

 

でも、岩井監督は…

紙コップを足にガムテープで固定して、バレエをおどり出すアリスというより蒼井優を撮りたかっただけに感じたのです。

それまでのシーンはほとんど内容がなくて意味がないような気がしました。

 

長編ではなく短編のほうがわたしには合っていたのかも。

それぞれの場面では、共感したり納得したりするのに、つなげてみればまとまりがなく。

短編はあらすじを読んだだけで見てはいないけれど、短編をただ連結させただけのような荒さを感じてしまいました。

 

 

だけどやっぱり、

耳に残る音楽、レッスンやオーディションのバレエシーン、女の子ふたりがお話ししたりわらったりするのは、

ずるいくらいにきれいでした。

岩井俊二さんの映画です、って言われなくても分かるくらいに、

わたしの持つことばのなかでは、きれいとしか言いようのない世界が、『花とアリス』のなかにはありました。

 

 

 

わたしも欲しいなあ、

電車でどこまでだって行こうって、

走り出せるようなおともだち。

最強のふたり”になれるようなおともだち。

 

(あと、ことば。語彙がほしい。)

げんきびより。

なんだか毎日がころころ過ぎていって、外に出ないとこんなにも日にちの区切りがないのですね。

発熱から1週間、胃腸炎がなおりました。

 

ぽろぽろと涙がこぼれてくるような腹痛からやっと抜け出せて、ごはんのおいしさを噛みしめた昨日でした。

腹痛と熱だけで終わったのは幸運だったのかなあ。

でも、高熱+おなかの激痛は、15年間の苦しみランキングでかなりの上位な気がします…。笑

 

おなかいたくなるから…と、エアコンも扇風機もあまりつけず、ジャージや羽毛布団にくるまっていたからか顔にあせもが。

きょうからはまた部活。頑張って汗かくぞう。

 

 

でもこれだけ休んでいては、弓道の感覚というのはどこまで落ちているのだろう。

「8月6日の大会には1年生も全員出したい」なんて先生が言っていたのだけれど、果たして出させてもらえるのか。。

 

わたし自身、そこまで部活に気持ちを入れていないの。

大会や段にも興味はないし、できることなら部活なんか入らずに退屈で死んじゃいそうな夏を過ごしたかったんだけれど、

“文武両道”だとか、わたしの学校が言うことじゃないだろうってことばにわらいながらも従った結果がいま。

就職した頃はきっと「あんな夏に戻りたい」とおもうだろうから。

健全な高校生であろうとしてる。

 

 

 

わたしは、小中と大学の附属の学校に通っていて、9年間、同じ校門を出入りしていました。

やっぱり特殊だったし、周りの子もびっくりするほどのお金持ちが多かった気がします。

いまの公立校と比較しておもうのですが、小中はほんとうにおだやかでした。

 

中学生のときの同じクラスの子と、いまの同じクラスの子。

比べれば確実に中学生のときのほうがみんな上品だと感じる。

いまのほうがみんな幼いと感じる。

そこに関してはいまのクラスに嫌悪感があるし、切実に中学生に戻りたいとおもっています。

 

小中にプラスしてもう3年間、おなじ校門を出入りする毎日であればどれだけ気が楽だったろうと、考えたって何にもつながらない時間が、他の高校に進学すればなかったのだろうか。

それとも、9年間が恵まれ過ぎていた?

先生も生徒も設備も行事も。

よくばってはいけないことくらい、分かるけれど。

“高校生”へのパブリックイメージにだまされていたわたしには、日々ショックが大きいです。

 

 

こんな甘ったれたことばかり考えていては、からだがげんきになったって、こころはいつまでたっても雨のままですね。

傘をさしてあげられるのはわたしだけ。

ここに書いてちょっぴりすっきりしたので、きょうはぜったいに、げんきびよりにしなくちゃ。

よい夢みれますように。希望のね。

 

 

 

『No.1 boy』

きょうは、野球部の応援に行って来ました。._.

 

出席日数にカウントされているので強制参加、とにかく憂鬱だったのですが、

ルールをよく知らないわたしでも意外とたのしめた☆彡

暑くて予想以上にひりひり…。

 

 

そこで父がつくってくれた晩ごはんがとってもおいしくて。。!

「からだを冷やすメニューにした」と、食卓にひろげてくれたのは、

 

冷しゃぶ、

えびとキャベツとしいたけの中華風の炒めもの、

トマトとたことみょうがを和えたもの。

 

冷しゃぶは、おろしぽん酢と、

梅肉・ごま・ごま油・しょう油・みりんでつくったたれで、

2種類の味。

 

トマトたこみょうがのは、ごま油とすだちで和えてありました。

 

 

共働きで、父の会社のほうが時間に関して安定があるので、父がよくごはんをつくります。

父のダイエットに合わせて夜は炭水化物を食べないので、お肉たっぷりでうれしい…。

 

もうきょうは氷をばりばり食べていたいなとおもっていたわたしですが、

つめたいお肉だからかぱくぱく食べることができて、

なんだか、そういう気遣いがうれしいなとしみじみ感じてブログにこんなこと書いてみました。

 

 

 

野球の結果は、0対19でわたしの学校のコールド勝ち。

すぐに終わったとはいえ、吹奏楽部、チアリーダー、応援団の方たちはよりお疲れだとおもいます。

わたしもきょうは、はやく寝ようっと。

明日は映画を借りるの…。  

 

昨日は多重夢を見て、恐怖でなかなか眠れなくて、

疲労の証拠らしいので、明日は映画と眠りの日にしよう。

 

なつの銀河..『青の炎』

わたし映画が好きだとあらゆるところで言ってて、それだけかよってちょっとばかみたいなところ、あるんですが、

『青の炎』がやけに好きでして。

にのみやくん目当てで見たものがここまでわたしにはまるとはおもわなかったんです。

 

どちらかと言えば、ハッピーエンドよりバッドエンド、後味のわるいもののほうが好みで、

やんわり救いようのない青、青さ。

それが『青の炎』。。

 

あからさまな映画ですよね、

紀子の台詞に関しても、水槽、チェレンコフ光、水族館、エスカレーターにしても。

 

ただ、最初のシーン。

秀一が水槽から、ぬる、と出てきて(素足に)スニーカーを履く。

腕時計、リュックを身につけて電気スタンドをひとつずつ消していく。

ほんのすこしの間をおいて最後のスタンドの明かりがきえて、そこに朝が飛び込む。

ピンクフロイドとともに…。

 

そして終盤のシーン。

これから相棒とトラックに突っ込むつもりだ。

朝食後、昼食までに帰ってくるのか、昼食は何がいいのかたずねられ、苦しげにわらってガレージに入る。

ぐるりとここをみわたして

いつものようにひとつずつ電気を消す。

暗転。朝。

ピンクフロイドが頭のなかだけに響く…。

 

 

彼を取り巻くひと夏の運命は、孤独であまりにも儚かった。

そんなきれいごとだけでなく、彼にはサイコパスの気があり、原作を読めばどこか殺人できる理由を待ち望み、対象が見つかればいきいきと実験を重ねていったようにも見える。

 

殺人・自殺の理由は、貴方の言いたいことはほんとうに「家族が…」だけ?

駆け抜けた夏、好きなもの、紀子の涙を探りたくて、この厨二的映画を見続けています。

 

描写がどこか閉鎖的で好みなので、

遅刻寸前で学校に到着し上靴に履き替えないのも、自転車(秀一「ロードレーサー!」)で右側を走っているのも格好いいので目をつぶり。。

ほんとうに格好よい映画。

 

窓に座った彼らの目には何が映ったのだろう?

たぶん… わたしにはまだ分からないし、分かるときは、来ないのかもしれない。

 

 

彼が欲しかったものって…、いったい何だったんだろう…。

彼を揺さぶった青は、夏の、ほんの一瞬に…。

 

消えそうに苦しくなるお話です